【オランダ史3】九州並みの国土で経済超大国になった小国

※続編でありますが、この記事単体でもお楽しみいただけます。

前回のあらすじ
オランダ「誰かうちの王様になりませんか~?」
イングランド「いやー、ちょっと今忙しくて(汗)」
フランス「行けたら行くわwww」
オランダ「もういいもんッ、王様なんていらないッ、共和制でいく!」
スペイン「なんか知らんけど今がチャンス!」
ーーーこの後、オランダが軍隊ゴリゴリマッチョになって帰ってくるとは、誰も思っていなかった……
そうして、なんやかんやで80年戦争は終結したとさ   完

戦争しながら経済発展、世界初の株式会社ー爆誕

さて、戦争に勝利したオランダですが、オランダ経済について語るため、少し時代を遡り戦争中の16世紀後半から17世紀前半。

この時期には、戦争中であるにも関わらず、大きな経済発展がありました。
内容は主に3つ
1、移民の流入
2、干拓事業
3、オランダ東インド会社

まず、一応オランダで優勢な宗教はプロテスタントのカルヴァン派というものだったんですが、オランダの成り立ちから分かるように、他の宗教に対してもかなり寛容だったんですね。
それに、そもそも他宗教を弾圧しようにもそれだけの力が無かったんです。

しかし、そのおかげでヨーロッパ中の迫害されてきた人々がオランダに集まってきます。
フランスのユグノーやドイツのルター派、更にはユダヤ教徒に至るまでどんどん移住してくるんですね。

で、こういう人たちは何かしらの技能やネットワークを持ってることも多いので、結果的にオランダは優秀な人材を獲得していきます。

特にユダヤ教徒を受け入れたのは、当時としては画期的出来事だったりします。
なぜかというと、この頃のユダヤ人は各地で迫害されており、追放されたり、借金を踏み倒されたり、ゲットーという居住区に収容されたりと散々な目に会ってたからなんですね。

そんな中でオランダには数多くのシナゴーグ(ユダヤ教の教会)が建設され、個人的な信仰と一定の自治が認められていた(ユダヤ教徒とキリスト教徒の婚姻は禁止されるが)ので、各地からユダヤ教徒が移住してきたんです。
そんなユダヤ人の中には金融業で成功した人物も多く、オランダ経済を力強く支えることとなります。

オランダを発展させたのは移民だけではありません。
「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」という格言がありまして、これはオランダの国土の多くが干拓によって作られたことを表しています。

オランダは海抜が低く国土が狭いので、海の水を風車で抜くことにより自らの土地を増やしてきたんですね。
いわゆる干拓と呼ばれるものでして、なんとオランダの国土の約3分の1が干拓によりできた土地です。
更に、そこで使う風車は動力源としても用いられるので製材にも欠かせません。

オランダと言えば風車のイメージがありますが、それはこういう歴史があるからなんですね。

最後に、経済史を語るうえで外せないのが、オランダ東インド会社です。
ヨーロッパでは胡椒をはじめとする香辛料が高値で取引されていまして、その香辛料を手に入れるために産地であるアジアを目指したんですね。

最初は個別の貿易会社がそれぞれにアジアで香辛料を仕入れてヨーロッパで売っていたんですが、競争が激しくなってくると、売値が下落して買値が上昇します。
その結果、高い値段で買って低い値段で売るという事態になってきたので、これを解決するために貿易会社達が1つの企業にまとまってオランダ東インド会社が誕生します。

この会社は歴史上初の株式会社でして、企業の出す株を投資家が自由に売り買いできた上に、倒産したとしても出資した額以上の損害を被らない仕組みになってたんです。
そして1602年、アムステルダムに世界最古の証券取引所が設立されます。

日本より300年以上早い世界初のバブルが崩壊

日本でもバブル崩壊がありましたが、実は経済が急激に発展したオランダでは1600年代には既に同じことが起こってるんですよね。

その名も、チューリップバブル

まさかのチューリップなんですけど、冗談ではなくマジでチューリップの値段が高騰します。
16世紀後半にチューリップが持ち込まれてからというもの、チューリップは高級品として人気があったんですが、それを投機家たちが転売目的で売り買いした結果、ピーク時にはなんとチューリップで高級住宅が買えるとかいう意味の分からない狂乱に包まれまして、どんどん価格が上がるのですが、1637年2月……

大暴落

急速に買い手がいなくなり、チューリップ市場が一時閉鎖する事態に。
オランダの国花でもあるチューリップは経済でも意外と大きな存在なんですね。

そんな大混乱もありつつ、オランダ東インドは貿易の規模を拡張していき、ついに、
黄金の国ジパングーーー日本と貿易を開始します。

日本にとって、オランダは唯一といっていい西洋の玄関口でした。
当時の日本は徳川家康の時代。
西洋と貿易をしたい気持ちはありました。

しかし、スペインやポルトガルは布教と貿易と植民地がセットになっており、下手に貿易するとキリスト教を国内に広められて幕藩体制が壊されるかもしれません。

でも、オランダはこれらの国とは違いプロテスタントであり、なおかつ布教よりも商売が好きな国家でした。
そこで、幕府は布教をしてこないオランダとだけ(西洋の国では)貿易をすることにしたのです。

当時世界最大級の銀の産地である日本の金銀とオランダの持ってくる西洋の品や知識。
お互いにとってかなりWinWinな取引だったわけです。

何気に島原の乱でもオランダは幕府に協力して戦ってたりします(艦砲射撃で)

オランダから見えてくる日本アニメ

ここまでオランダの経済について話してきましたが、最後にこの時期に発達した芸術についても触れておきます。

オランダの経済が潤ったことで、富裕層が力を持ちます。
すると、そのお金持ちたちがスポンサーになって芸術を支援したんですね。

そこで描かれた絵画は普通の人々の日常を描いたものが多く、有名どころだと「真珠の耳飾りの少女」や「牛乳を注ぐ女」などがあります。

豊かになる→市民が活躍する という流れは結構世界史あるあるでして、例えば南宋なんかも似たところがあったりするんですよね。

ここで現代日本を見てみると、最近のアニメや漫画の主人公は特別な能力を持たない普通のキャラも割といますよね。
これってさっきのオランダと似てません?
もしかしたら、日本のアニメ文化は経済の豊かさに起因してるのかもしれない……知らんけど
というところで今回は以上です。

次回は植民地を崩壊させたたった一冊の本について話そうと思います。

タイトルとURLをコピーしました