続編でありますが、この記事単体でもお楽しみいただけます。
前回のあらすじ
さあて、来週のオランダさんは?
ウィレムです。
最近流行りのチューリップを買ってみました。
なんかチューリップの価格が上がってるらしくて、買えばそれだけで儲かるらしいんですよ。
これで私も億万長者に!
今から楽しみで仕方がありません。
さて次回は、
1、イギリスと戦争
2、フランスにボコられる
3、植民地が崩壊する
の3本です。
次回もまた見てくださいねー
ジャンケン……ポン!(チューリップバブル崩壊)
ウフフフフ
覇権の交代
オランダは独立以来、戦い続けると同時に経済を急速に発展させてきました。
その結果、ついに経済覇権を確立するまでになります。
しかし、17世紀の後半にはその栄光にも段々と陰りが見えてくるのです。
その要因として大きいのは強力な隣国たちの存在でした。
オランダ東インド会社は香辛料を輸入するために現在のインドネシアにあたる地域に拠点を作って交易をしていたんですが、同じく拠点を設けていたイギリス東インド会社と対立します。
1623年、アンボイナ事件が発生。
事件の概要
オランダ東インド会社は、イギリス東インド会社がオランダ商館を襲撃しようとしているという容疑でイギリス人と日本人傭兵(戦国時代が終わった日本から海外に傭兵として行った人たち)を拷問、処刑。
この事件を契機にイギリスは東アジアから撤退、代わりにインドへと進出していく。
それまで対スペインで共闘していたオランダとイギリスはそこそこ仲が良かったんですが、ここら辺から雲行きが怪しくなってきます。
そして遂に戦争が起こる。
1651年、イギリスは言った。
「うちの国でオランダの船が貿易するの禁止してやらー!」
イギリスは航海法を定め自国+植民地においての貿易をイギリス船に限定しました。
これに困ったのがオランダ。
なんといってもオランダは中継貿易(現代でいう運送業+せどり)商人国家でありイギリスの市場から締め出されると打撃を受けるわけです。
そうして翌年の1652年、第一次英蘭戦争が始まります。
第一次なんて書いてるとこから分かるように、この後も何度と両国は争います。
その数なんと4回!
以下にそれぞれどんな戦争だったかを並べてみました。
第1ラウンド:1652~1654
開戦前から準備していたイギリスの勝利
第2ラウンド:1665~1667
海軍を増強していたオランダが勝利し、航海法が緩和
第3ラウンド:1672~1678
これはイギリスとの戦争というよりフランスとの戦争。
フランスがオランダ方面に拡張しようとしたのでイギリス・スウェーデン・オランダが対フランスで同盟を組むも、フランスの謀略で両方寝返った結果、
オランダ VS イギリス・フランス という状況に!
(欧州情勢複雑怪奇)
若きウィレム3世(ウィレム1世の子孫で当時20代前半、ウィレム1世の最後の直系子孫)率いるオランダは、本土の奥深くまで侵攻されるもギリギリ持ちこたえ、イギリスと単独講和、フランスとも勝利ではないものの講和を結び滅亡を回避します。
その後イギリスで議会と王が対立し、なんやかんやでウィレム3世はイギリス王も兼業することになりますが、それはまた次の機会に……
第4ラウンド:1780~1784
イギリスに対して13植民地(後のアメリカ合衆国)が独立戦争を起こしたのですが、オランダ商人はイギリスの敵対国であるアメリカやフランスに武器・物資を輸出していたため、イギリスがオランダに宣戦布告。
しかし、この頃には往年のオランダ海軍は弱体化しており、強力な海軍を持つイギリスに敗北
番外編ーフランス革命戦争&ナポレオン戦争:1792~1815
フランス革命で王を処刑したフランス共和国はヨーロッパほぼ全てを敵に回して戦うのですが、めっちゃ強くてどんどん進撃していきます。
そうしてオランダも占領され、オランダにはフランスの衛星国であるバターフ共和国が成立。
更にその後、ナポレオンが皇帝となるとバターフ共和国も解体され、ナポレオンの弟を国王とするホラント王国が樹立!
しかし、そのホラント王国もその後ナポレオンによって完全併合。
一時的にオランダが消滅します。
ナポレオンがロシア遠征に失敗し、失墜するとオランダはネーデルラント王国として独立。
建国の父ウィレム1世の分家が王として即位(直系男子は断絶)することとなります。
(展開が早すぎてまとめるの大変!)
植民地政策にNO!内部告発本
度重なる戦争でオランダの国力は衰退、更にはネーデルラント王国成立時に獲得した南部が独立戦争の末、ベルギーとして独立。
ますます疲弊して経済的に衰退したオランダは植民地からの収奪でその分を補填しようとします。
オランダの植民地であるインドネシアでは強制栽培制度なる政策が実行されます。
これは何かというと、市場で売りさばくための作物(コーヒー、サトウキビ、藍、タバコなど)を現地住民に低賃金で栽培させる制度です。
これによってオランダ政府は莫大な利益を得ましたが、インドネシアの人々は奴隷同然の過酷な労働環境にさらされます。
この悲惨な状況をとある一人の男が見ていました。
名はムルタトゥーリ(これはペンネーム)。
彼はオランダ領東インドの官僚だったのですが、現地の惨状を見て、帰国後に1冊の本を書き始めます。
「マックス・ハーフェラール」
そう題されたこの小説は、マックス・ハーフェラールという主人公が植民地に赴任し、正義感からその惨状を告発しようとするも、権力者によって握りつぶされるという内容。
そして終盤では、なんと著者であるムルタトゥーリ自身が登場し、オランダ国王に植民地政策の見直しを嘆願するというフィクションとノンフィクションが入り混じった二重構造になっているのです!
この本は瞬く間に話題となり、ヨーロッパの人々に衝撃を与えました。
ーーー我々の豊かさは植民地の犠牲の上に成り立っている
この事実を強烈にたたきつけられ、大きな波紋を呼んだ結果、国内外からオランダ政府への批判が高まります。
そして遂に、オランダ政府は方針転換をせざるを得なくなり、植民地は保持しつつも植民地に学校や医療施設を建設するという政策を導入するに至ります。
もちろん植民地自体は継続するので完全な解決ではありませんでしたが、着実に1歩進んだといえます。
特に教育が行われるようになった点は、後のインドネシア独立において非常に重要であり、初代大統領のスカルノや副大統領のハッタなどの知識人を生み出しました。
たった1冊の本が国家を動かし、世界に影響を与える。
それ自体がまるでフィクションのようなノンフィクションですね。
オランダの黄金時代は現代?ヨーロッパの重要拠点オランダ
ここまで、様々な困難にもがき苦しみながら道を歩んできたオランダ。
その国土は小さく、国力も削がれたこの小国が実は現代においてキーとなる国家であることをご存じでしょうか?
第一次世界大戦では中立を守り抜くも、第二次世界大戦ではドイツに占領され、戦後はインドネシア独立戦争で植民地を失陥するのですが、アメリカのマーシャルプラン(共産主義に対抗するためにお金を各国にばらまいちゃうぞ作戦)で復興し、それからは年5パーセントの驚異的経済成長を成し遂げます。
そして、オランダは戦後秩序である国際連合の初期メンバーでもあります。
更には、ベルギー・オランダ(ネーデルラント)・ルクセンブルクが、ベネルクス関税同盟を結び、これが後のEUにつながっていくのです。
更に更に、国際司法裁判所・国際刑事裁判所・化学兵器禁止機関・欧州刑事警察機構(ユーロポール)といった名だたる国際機関の本拠がオランダに作られます。
オランダは中立的な小国であること、植民地は存在したもののムルタトゥーリのような動きも存在したこと、欧州各国からのアクセスがいいことなどから、いろんな国際機関がオランダに集まったんですね。
こうした経緯からオランダの国際的な影響力ってその国土の小ささに見合わないほど大きくて、世界レベルの大企業とかでも大国に混じってオランダ企業がいたりします。
フィリップスとか有名ですね。
こうしたオランダを支えた大きな強みは、移民の積極的受け入れや民族的なマイノリティに対する配慮などの建国当初から伝統的に続いてきた国内の多様さと寛容さなのですが、近年、新たな問題が発生しています。
移民を受け入れる一方、やはり宗教的・文化的な違いによる差別が存在し、それによって孤立した移民の2世や3世がオランダ社会との壁を作り、オランダ社会も彼らを危険視するという負のループが起こり始めたのです。
また、オランダでは安楽死の立法化・同性婚・ドラッグの制限された環境での合法化などかなり先進的もしくは実験的な政策が施行されており、オランダ社会は目まぐるしく変化しています。
建国時から寛容さがテーマともいえるオランダですが、ここにきて「何をどこまで受け入れ、どこからを禁止するか」という非常に難しい問題にぶち当たったというわけです。
連邦共和制、宗教的自由、植民地批判、国際組織の設立
これまでオランダは世界の1歩先を行く新しい試みをしてきました。
だからこそ、これからオランダがどうなるかは、数十年後の未来を占うものになるかもしれません。
果たして相反する感情の中でもがくこの小国はどこへ向かうのか?
オランダの今後に乞うご期待!
